「ボッチプレイヤーの冒険 〜最強みたいだけど、意味無いよなぁ〜」
第100話

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帝国との会見編
<忌まわしき美味の記憶>



 時は少し遡る

 何時までもシャイナのダンスにばかりに気を向けている訳には行かないのよね。
 今回、私が招待された本来の理由は、ロクシーさんにうちのお菓子を食べてもらう事なのだから。

 「ヨウコ、サチコ、ダンスも一段落したようだし、お茶の準備をして用意してあるお菓子を運んできて頂戴」

 「畏まりました、アルフィン様」

 そう言うと二人は音も無く下がっていく。
 見る人が見ればこの行動だけであの二人が只者ではないと解るのだろうけど、この会場は音楽で溢れているのだから無音で移動していることに気が付くことはないだろう。
 と言うか、まったく意味のないスキルだなぁ、ここでは。
 静かな場所だとそれなりに重宝するスキルなんだけどね。

 さて、ヨウコ達が帰ってくる前にもう一つ準備を。

 「ギャリソン、パーティーの給仕をしているメイドたちに皇帝陛下とロクシー様に持参のお菓子を食べてもらう為のサイドテーブルの用意と、同時に参加なさっている貴族たちにも振舞うから、此方が用意したお茶とお菓子を置くテーブルも用意してもらえるよう、指示を出してきて頂戴」

 「畏まりました、アルフィン様」

 よし、これで準備は完了。
 あとはお菓子の到着を待つばかりね。


 しばらくするとシャイナがダンスを一時中断して私たちの元へと帰ってきた。

 「どうやら準備が始まるみたいだしね。だから次の曲のお誘いをくれた人には『我が国からのお披露目が始まるみたいだから戻らなければいけないの。だから、それが終わっても気が変わらないようなら、もう一度ダンスに誘ってくださいね』って言って帰ってきちゃった」

 そう私にだけ聞こえるような小さな声で話して笑うシャイナ。
 どうやら私がギャリソンたちに指示を出したのを見て、次に申し込んできたお誘いを断ってきたらしい。
 それもそうか、彼女も都市国家イングウェンザーから招待されたゲストの一人なんだし、お菓子のお披露目が始まるのならその場にいなければいけないからね。

 「いよいよお披露目かぁ、喜んでもらえるといいね」

 私が手渡したおしぼりを息を切らした振りさえ見せずに受け取り、シャイナは会場に目を向ける。
 汗はかいているようだけど疲れたような様子はまるでないし、確かにこの様子なら先の宣言どおり何時までも踊り続けることが出来そうだ。

 「そうね。パティシエ担当や料理長たちががんばってくれたんだし、この国の貴族や皇帝陛下、何よりロクシー様に喜んでもらえたらいいのだけれど」

 今日持ってきたお菓子はパーティーと言う事で華やかさを優先した結果、焼き菓子ではなくケーキや器に入ったプリンとゼリー、あと意匠を凝らしたチョコレートと言うラインナップだ。
 砂糖を多く使うほど高級とイメージされているこの世界で、甘さ控えめの、素材の味を生かしたこれらが受け入れられるか正直どきどきだったりする。

 特に楽しみだと言ってくれたロクシーさんに気に入ってもらえるかが最大の懸念だった。



 しばらくしてヨウコ達が数名のメイドを引き連れてパーティー会場に入ってきた。
 引き連れてきたメイドと言っても彼女たちは別にうちの子達と言う訳ではない。
 ヨウコたちは私たちや皇帝たちの給仕の仕事があるから、彼女たちの代わりに貴族たちに給仕をする為につれて来た、この迎賓館で働いている人たちだ。

 用意されたテーブルに並べられていくお菓子たち、その華やかさに会場から感嘆の息が漏れる。
 並べられたお菓子たちはロクシーさんや皇帝から見ても美しいと感じるものだったのか、彼らも楽しげにその光景を眺めているようで・・・うん、とりあえず見た目は合格みたいね。

 しかし、私が安堵できる時間はそうは長くなかった。

 「皆様、準備が整いました」

 ヨウコの言葉を合図に取り分けられたお菓子が貴族やエスコートされて訪れた貴婦人たちに配られる。
 そしてロクシーさんと皇帝の元にもヨウコとサチコの手によってお菓子が乗った皿が届けられ、それぞれのカップにお茶が注がれた。

 と言う訳でまずは私からご挨拶。
 椅子から立ち上がり、前に出てカーテシーをした後、会場を見渡してにっこり。

 「ロクシー様からのご要望で、我が都市国家イングウェンザーのお茶と代表的なお菓子数点を持参いたしました。我が城自慢の料理人やパティシエが調理したものですから、皆さん楽しんでくださいね」

 続いて皇帝エル=ニクス陛下が会場に向かって挨拶をする。

 「我らが隣人であり新たな友人でもある都市国家イングウェンザーが主、アルフィン殿から届けられた自慢の菓子だ。皆、楽しんでくれ」

 そう皇帝が宣言をし、フォークを突き立ててケーキを一口頬張る。
 それを皮切りに貴族たちが手にした菓子を口に運んだ。

 そして次の瞬間に訪れる、会場全体を包む沈黙。

 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・
 えっ? もしかして大失敗?
 何時までたっても誰もリアクションをしない空間に身を置く私は、もしかしたら口に合わないというレベルではなく、とんでもない失敗をしたのではないかと青くなる。

 甘すぎるお菓子というのはすなわち大量の砂糖を使うと言う事。
 もしかするとその砂糖を大量に使う事自体が一番重要であり、美味しいかどうかは貴族の間では気を配るべき事柄ではないのかもしれない、そんな考えが私の頭の中を駆け巡る。

 そう、地方とは言え彼らは貴族、仮にも国の中枢を任される者たちだ。
 己の快楽よりも国の威信や貴族の立場を優先するのが当たり前という認識であろう、なのに私はただ”美味しいだけの"お菓子を出してしまった。
 もしやそのお菓子を前に、彼らはどう反応していいのか解らないのではないだろうか? 何せ私は都市国家とは言え、他国の女王なのだから。

 それに思い至った私は、謝罪の為に皇帝の方へと向き直る。

 「皇帝エル=ニクス陛下、このたびは・・・」

 「・・・美味いな」

 へっ?
 一瞬何を言われたのか解らなかったんだけど、次の瞬間皇帝の表情が笑顔に変わり、二口目に取り掛かるためにフォークをケーキに刺したのを見て私はやっと今の状況を理解することができた。

 そしてその皇帝の言葉によって呪縛が解かれたのか、貴族たちも手に取ったお菓子を猛烈な勢いで食べ始める。
 どうやら今まで味わったことのないお菓子の味に、呆けてしまっていただけみたいだね。

 「アルフィン様、話には聞いておりましたが、これ程の美味とは。正直感服いたしましたわ」

 「気に入っていただけたようで、私も嬉しいです」

 ケーキを手に、にっこりと笑いながら話しかけてきたロクシーさんの姿を見て嬉しくなった私は、同じ様に笑顔で皇帝に話しかける。

 「エル=クニス陛下、我が国のお菓子は御口に合いましたでしょうか?」

 「うむ、これ程の物を口にする機会に恵まれたのは私でもそうは多くない。そして菓子と限定するのならばこれが初めてだろう」

 そう言うと、口直しにお茶を一口含んだ。

 「んっ!?」

 その瞬間皇帝の表情が驚きに染まる。

 「このお茶は?」

 「はい、我が城で飲まれているものです。香りがいいので気に入っているのですが、御口に合いませんでしたか?」

 お菓子と違ってお茶はこの国でもかなり美味しいものがあるもの、私の持ち込んだもの全てがこの国のものを凌駕しているなんてうぬぼれる気はない。
 お茶は種類によって風味がかなり違うし、たとえば紅茶が好きな人でもハーブティーは好まないとか、甘い香りのフレーバーティーが好きな人でも薔薇の紅茶は嫌いと言う人もいる。
 皇帝は多分始めて飲んだお茶に驚いただけなのだろう、だけどその驚き方が少し過剰気味だったので、もしかしたら口に合わなかったのかも? なんて私は考えてしまったのよね。

 「いや、確かに大変美味しいお茶なのだが・・・私はこれだけの美味なる飲み物をかつて飲んだことがあるのだ」

 ほっ。

 よかった、ちょっと慌てたけど大変美味しいお茶と言ってもらえたし、そうじゃないようで一安心ね。
 ん? でも、それならばなぜあんなに驚いたんだろう?

 「まぁ、それはどんなお茶でしたの?」

 そんな私の考えをよそに、皇帝の言葉を聞いたロクシーさんが興味深げに聞いた。
 もし手に入るのならば自分も飲みたいと思ったのかな?

 「いや、お茶ではなく柑橘系の果実水だ。それは喉越しが素晴らしく、柑橘系果実水にありがちな飲んだ後のしつこい甘みが残らない素晴らしいものだった。このお茶は種類こそ違うが、それに匹敵する飲み物だろう」

 へぇ、果実水って事はジュースみたいな物ってことよね、柑橘系って事はオレンジジュースかな? この世界にオレンジがあるかどうか解らないけど。
 何はともあれ、気に入ってはもらえたようだから良しとしましょう。

 「そのような美味しい飲み物が我が国にもあるのですね。わたくしも一度飲んでみたいですわ」

 「残念だがあれを手に入れるのは多分無理だ。いや、頼めば譲ってくれるかもしれないが、あれにはあまり頼み事をしたくはない」

 そう言いながら皇帝はなにやら思い出したようで、苦虫を噛み潰したような顔をする。
 う〜ん、皇帝からしても苦手な人がいるって事なのか。
 この人、なんかどんな相手でも笑顔を向けるだけでお願いを聞いてもらえそうなオーラを身に纏っているんだけど、そのオーラが通じない人がいるって事なんだろうね。

 でもどんな人なんだろう? ロクシーさんが言った”我が国にも”って言葉は否定しなかったからこの国の人なんだろうけど、この王様オーラと皇帝陛下のご意向を持ってしてもできれば頼み事をしたくない人って。

 とても気になり聞いてみたい気もするのだけれど、思い出すだけでこんな表情を見せるその人の事を聞くのはちょっとはばかられるのよねぇ。
 と言う訳で自重する。

 「そうだ! ロクシー様、我が国にも美味しい果樹水はございますの。この話が出たのも何かの縁ですし、陛下に御無理を申し上げなくても私の城から後日届けさせますわ」

 「まぁ、アルフィン様の国の果樹水ですか? それは楽しみですね」

 たった今思い立ったかのように両の手をあわし、笑いながらロクシーさんにそう提案する。

 この話を引っ張ると、なにやらトラブルに巻き込まれそうな匂いがするのよねぇ。
 だから、さっさと切り上げる方がいいだろう。
 そう思って私はロクシーさんにそう提案し、それが功を奏したのか、この話は無事ここで打ち切られることとなった。


 ■


 「んっ!?」

 何気なくサイドテーブルに置かれたお茶に手を伸ばし、それを口に含んだ瞬間私は絶句する事となった。
 種類が違う、味が違う、だがしかし・・・間違いない、これはあれと同じ様なものだ。

 「このお茶は?」

 「はい、我が城で飲まれているものです。香りがいいので気に入っているのですが、御口に合いませんでしたか?」

 口に合うとか合わないではない。
 この飲んだ瞬間、体の中から何かが湧き上がってくるような、この感覚はあの果実水を飲んだ時と同じだ。
 ただ、あの時飲んだものに比べると何かが違う。
 あれを飲んだ時は体から力が湧き上がるようだったが、これは何か頭がすっきりするような感じがする。

 ではまったく別のものなのか?
 いや食べ続ける事で病気が治ったり、体にいい影響を与える食事と言うのは存在するだろうが、口に入れただけで即座に効果を実感できるものなど聞いたことがない。
 ・・・いや、あるな、回復薬だ。
 あれは飲んだ瞬間に効果が出る。
 と言う事はこれは回復薬の一種なのか?

 「いや、確かに大変美味しいお茶なのだが・・・私はこれだけの美味なる飲み物をかつて飲んだことがあるのだ」

 他国の王族が私にどんなものであれ無断で薬を盛ったなどと言いだす訳にもいかず、美味なる飲み物と表現して顔色を窺ったのだが、この娘はその言葉を聞いても何一つ不審な行動をとる事は無く、それどころか褒められたとでも思ったのか嬉しそうな顔をしているだけだ。
 これではこのお茶がなんなのか解らないではないか。

 だがこの顔を見るに、驚かそうと言う意図は感じられない。
 それにこのお茶にも違和感は何ももっていないようだ。
 と言う事はこのお茶には何も細工をしていないし、アルフィン嬢が本当に普段から飲んでいるものなのではないか?

 「まぁ、それはどんなお茶でしたの?」
 
 そんな事を考えていたらロクシーが横から口を挟んできた。
 ふむ、そうだな。
 あれの説明を聞いた時のアルフィン嬢の様子も見てみたいから少しだけ説明するとしよう。

 「いや、お茶ではなく柑橘系の果実水だ。それは喉越しが素晴らしく、柑橘系果実水にありがちな飲んだ後のしつこい甘みが残らない素晴らしいものだった。このお茶は種類こそ違うが、それに匹敵する美味なる飲み物だろう」

 そう言いながらアルフィン嬢の表情を窺う。
 その反応次第ではあの化け物との関係を疑わなければならないと思ったのだが・・・ふむ、この顔は何も知らないようだな。
 この娘、パーティーの最中に観察をしていた時から思っていたが、気が抜けた時に間抜け面を晒す癖があるようだ。
 今もなにやら考えているようだが、今回もその間抜け面を晒している所を見ると思案しているのではなく何かを思い出しているのだろう。

 これが、此方がその顔を見てそう考えるであろうと計算しつくして私を騙していると言うのならば、私はおろかあの智謀の化け物さえも上回る本当の化け物なのだろうが、報告を聞く限りそれほどの者にしては細かな失敗が多すぎる。
 ロクシーの見立てどおり、頭は回るがまだ幼さが随所に顔を出すと言った所か。

 「そのような美味しい飲み物が我が国にもあるのですね。わたくしも一度飲んでみたいですわ」

 私が心の中でアルフィン嬢に評価を下していると、ロクシーがとんでもないことを言い出した。
 確かにあれはかなり美味なものであったし、私もできる事ならもう一度飲んではみたいと思う。
 たしかにそう思うのだが、あの化け物にあの果実水を別けてほしいなど言いだせるはずも無いだろう。
 
 「残念だがあれを手に入れるのは多分無理だ。いや、頼めば譲ってくれるかもしれないが、あれにはあまり頼み事をしたくはない」

 そう言いながら私はあの忌々しい化け物の顔を思い出す。
 あの化け物の事だ、私があの飲み物をほしいと言えば喜んで渡すと言ってくるであろう。
 だが、たかが飲み物を別けてほしいと言うだけの交渉だから、まさかそれを使って何かを企んだりはできないだろうなどと考えるのは、奴を相手にする場合に限ってはあまりに浅はかな考えだ。
 奴ならそのような交渉ですら何かの一手に使うかもしれない。
 そしてその一手から我が国に強烈な楔を打ち込んでくる可能性すらあるのだから、けして此方から隙を見せる訳にはいかないのだ。

 「そうだ! ロクシー様、我が国にも美味しい果樹水はございますの。この話が出たのも何かの縁ですし、陛下に御無理を申し上げなくても私の城から後日届けさせますわ」

 「まぁ、アルフィン様の国も果樹水ですか? それは楽しみですね」

 そんなことを考えていた私の顔はかなり酷いものだったのだろうか?
 アルフィン嬢が私が困っている顔を見て、自らの城の果実水をロクシーに届けてもいいと言い出した。

 ふむ、だがそれはいい。
 ならばその果実水、私も少し飲んでみる事としよう。
 そうすればあの墳墓で飲んだものと比べることができる。
 そして比べて見れば、この娘とあの化け物に繋がりがない事を確認できるであろうからな。


あとがきのような、言い訳のようなもの



 ボッチプレイヤーの冒険もおかげさまで100話を迎えることができました。
(外伝を入れるととうに迎えていたのですが、本編で100話到達と言う事です)
 これも読みに来てくださっている皆さんのおかげです。
 本当にありがとうございます。
 話も後半に入り、ゴールが見えてはきましたがまだもう少し話は続きます。
 引き続き最後まで読んでもらえたら幸いです。

 さて、前回の話を読み直していて「そう言えばこのパーティーってロクシーにお菓子を振舞うと言う名目で来ているんだった!」と思い出して、急遽この話を差し込みました。
 読んでもらえば解るとおり、けして省くことができない内容なのに忘れていたのです。
 まったく何をやっているんだか。

 どうしてもこの先に待っているジルクニフとの会談に気が行ってしまってつい忘れてしまっていたんですよね。
 そちらのプロットばかり気にしていた結果、この体たらくです。

 次に本編の裏事情をちょっと。
 パーティーに持ち込まれたお菓子の方はバフが付かないよう注意して製作されているのでいくら食べても効果がありません。
 ですがここでアルフィンは一つミスを犯しました。
 お茶をヨウコとサチコに入れさせたことです。
 皆さんはもう覚えていないかもしれませんが、ギルド"誓いの金槌"のキャラは自キャラもNPCも女性キャラは全員料理スキルを持っています。
 そんな二人がお茶を入れた事によりバフが付く効果が発生して、それを飲んだジルクニフがナザリック入り口で飲んだ果実水を思い出したと言う訳です。
 うちの主人公は相変わらず間が抜けてますよねぇ。


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